2019年8月27日
はじめに
2018年9月6日午前3時7分に北海道胆振地方を震源とする北海道胆振東部地震が発生しました。地震の規模はマグニチュード6.7、震源に近い厚真町では北海道で観測史上初となる最大震度7を観測しました(図-1)。この地震により、震源に近い厚真町を中心とした広い範囲で斜面崩壊が多発し、崩壊面積は約13.4㎢(札幌ドーム約44個)に及びました(写真-1)。明治以降では日本最大規模(既往2位の平成16年新潟中越地震の約1.2倍)となり、同町では土砂災害により36名の尊い命が失われました。
また、苫東厚真発電所をはじめとする道内全ての発電所が一時停止し、北海道全域で大規模停電(ブラックアウト)が発生しました。地震や停電の影響により、交通機関や物流、インフラ復旧へも多大な影響を与えました。
震源地から北に4.7㎞に位置する2級河川厚真川の支流である日高幌内川では、大規模な斜面崩壊と尾根の滑動土塊により河道が閉塞し、天然ダムが形成されました。
本稿では、天然ダム対策における初動から対策工事までの対応についてレポートします。
▲図-1 北海道胆振東部地震の震源と震度分布図
▲写真-1 大規模斜面崩壊状況
日高幌内川大規模河道閉塞の概要
河道閉塞位置を(図-2)に示します。被災前の国土地理院の標高データから作成した3Dモデルを(図-3)に、工事が広範囲に及ぶため、工事着手前に3Dスキャナー搭載ドローンによる測量から作成した3Dモデルを(図-4)に示します。
斜面崩壊の規模は幅約400m、長さ約800m、尾根の移動が約350mであり、河道閉塞部の高さは約50m、閉塞部の土量は約500万㎥と推定されました(写真-2)。
河道閉塞による天然ダムが形成されたことで、地震直後から湛水が始まり、融雪期の出水に備えた対策が急務とされました。
▲図-2 河道閉塞発生個所
▲図-3 被災前の3Dモデル図 ▲図-4 被災後の3D モデル図
▲写真-2 移動土塊による天然ダムの形成
緊急対策工事の初動
2018年10月に国土交通省 北海道開発局 室蘭開発建設部からの指示を受け、融雪期の出水に備えて緊急対策工事を開始しました。工事開始時は、設計と施工が同時に進められていく状況でありました。そのため、対策工事の設計に施工者として参画し計画を進めるとともに、先行して崩壊土砂と流出してきた倒木類の除去、整理と工事用道路の造成を進めました(写真-3)。
除去した倒木は合計で約1,400㎥であり、対策工事の支障となるため、発注者の国土交通省 北海道開発局と自治体の北海道庁とで協議をし、迅速に処理が行われました。
▲写真-3 倒木処理状況
緊急対策工事の設計概要
河道閉塞部の土砂が約500万㎥と推定されており、すべてを融雪期までに取り除くのは困難と判断されました。そこで、湛水池の水位監視・観測体制を構築し、河道内に堆積した不安定土砂等の再移動による二次災害を防ぐための緊急的な対策工事として、河道閉塞部の高さ50mを25m程度まで切り下げて水路を造成し、湛水した水を安全に流下させる方針が立てられました(図-5)。また、湛水池(天然ダム)の水位の上昇を最小限にとどめ、安全に施工を進めるため、ポンプ排水を計画しました。
ポンプ排水は揚程差50m、配管延長1㎞となるため、2か所に中継水槽を設けて各中継所のポンプを総合制御し、毎分4tの排水を行い、水位上昇を抑制しました(写真-4)。
融雪期までの限られた期間での施工となるため、護岸工の工法や水路線形の選定の際には、施工性や材料調達の可否等、施工者の意見も反映されました。
湛水池から安全に水を流出させるための水路部分の主な工種の施工数量を以下に示します。
•掘削工…340,000㎥
•護岸工…13,000㎡
•ブロック堰堤工…2基
•ブロック堰堤用4t護床ブロック
……………………7500個
•ブロック堰堤用4t護床ブロック運搬
……………………L=60㎞
▲図-5 標準断面図
▲写真-4 ポンプ排水工
緊急対策工事における課題と対策
緊急対策工事は、2018年10月の開始から、融雪期となる2019年3月末日までの約半年間で完了させる必要があり、そのためには主な課題として以下の3点が挙げられました。⑴ 34万㎥の大量な掘削土量
⑵ 護岸工1万3千㎡の広範な施工面積
⑶ 護床ブロックの長距離運搬と周辺住民と環境への影響
⑴ 掘削土量34万㎥における対策
①施工体制
34万㎥の掘削土量の対応は、施工セット数の増加や施工機械の大型化で対応し、重機同士が安全な離隔を保てる状況になった段階で昼・夜間の施工にて対応しました。
②照明設備
夜間の照明は、電源確保と移動が容易であることから災害対応で出動していた国土交通省 北海道開発局所有の照明車や可搬型の発電機一体型照明で照度を確保しました(写真-5)。
▲写真-5
③ICT施工
測量には自動追尾型トータルステーションやRTK-GNSS測量機器を導入し測量の効率化を図りました。
また夜間でも正確な掘削を行うためにGNSS(※1)によるマシンコントロール型のICT建設機械(0.8㎥級バックホウ)を3台導入し掘削、法面整形を行いました(写真-6)。
重機には全機に無線機を搭載し、効率的な重機の配置となる様に施工管理者が全体の作業を確認し、無線連絡を取り合いながら施工を進めました。
▲写真-6
土工量の進捗管理にはPPK-GNSS補正データによる位置情報取得で地上評定点を設置せずにUAV測量(※2)が行え、3Dデータを高速で作成できるコマツのEverydayDroneシステムを導入しました(図-6、図-7)。
正確な出来高を把握したうえで工程のフォローアップが可能となり、工程管理を適切に行うことができました。
その結果、2019年2月末には掘削を完了し、当初予定工程を遵守できました。
▲図-6 3D モデルによる完成イメージ図
▲図-7 EverydayDrone 概要図
※1 GNSS(衛星測位システム)…複数の人工衛星から信号を発信し、受信機に到達するまでに要した時間を距離に変換することで、地上での現在位置を計測するシステム
※2 UAV測量…ドローンなどの無人航空機(UAV)を用いた測量
※2 UAV測量…ドローンなどの無人航空機(UAV)を用いた測量
⑵ 護岸工1万3千㎡の施工における対策
①施工体制
護岸ブロックの設置は人力作業が主体となるため、昼間の作業で対応できるように施工セット数を増加しました。施工セット数を増加すると、護岸ブロックの供給が追い付かなくなるため、搬入車両の増車で対応しました。
②護岸ブロックと使用機械
護岸ブロックは従来の含銅線で結束するタイプと比較して施工性が大幅に向上するシャックル連結タイプの大型連節ブロックを採用しました。
また、ブロック施工に使用できるスペースは管理用道路の4m程度と非常に狭いため、ブロック設置用のクレーンは18 mのロングブームバックホウ(クレーン仕様)を使用しました。これにより、油圧式クレーンのようにアウトリガを張り出す必要がなく、管理用道路上を容易に移動ができ、護岸ブロック搬入車両の増車にも対応可能としました(写真-7)。
3月末までに護岸ブロックは施工を完了し、水路部分については融雪期の出水に対して安全な状態を確保することができました。
▲写真-7
⑶ ブロック長距離運搬における対策
①運搬車種の選定
護床ブロックの運搬は冬期間の運搬である事とブロック搬出箇所が急勾配の林道を経由した場所にあることを考慮し、他の大型車両に比べて冬期路面走行性能に優れる10tダンプトラックを採用しました。
運搬サイクルを短縮するためと市街地走行に伴うリスクや路面状況の良さから有料高速道路を使用して、最大35台/日のダンプトラックを使用して運搬を行いました(写真-8)。
▲写真-8
②住民および環境への配慮
台数の増加に伴い、運行ルート周辺からの苦情発生が懸念されたので、事前にルート周辺の住民宅を訪問し災害復旧という事業目的を説明し、運行速度等のルールを定めて理解をもらった上で運搬を行いました。
③運行管理
付近住民と定めたルールを厳守すべく、クラウド上で車速などの情報を管理できるGPSロガーをすべての運搬車両に配置し、クラウド上で運行速度のルールを定めたエリアを設定し、各車両に通知することで徹底を図りました。
運行ルールを逸脱しそうな車両があった場合は、次の日の朝礼などで注意喚起を行いました。結果、周辺住民からの苦情無しで運搬を終えることができました。
おわりに
工期が限られた緊急対策工事のため、設計と施工が同時進行している中で、これだけの施工量を融雪期までに終了させるのは非常に困難な目標でありました。工事関係者は全員が北海道在住であり、ブラックアウト等で何らかの被害を受けている広義の被災者である為、災害に対して当事者として向き合い、士気が非常に高い状態で作業に従事していました。無事故で融雪期を安全に迎えられたのは各人の高い志によるところが大きいと感じました。
厳しい工期を無事故で竣工できたのは、発注者様、当社、協力業者が一丸となって施工を進めた結果であると思います。ご協力いただいた全ての関係者の方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。